
歌って、不思議な力があるよね。聴くだけで心が落ち着いたり、懐かしい気持ちになったり。

好きな歌って、その人の人生や思い出とつながっている気がするわ

歌って“その人らしさ”が出ますよね。

そうそう。
歌は心に残るものですし、自分の気持ちや感情を映す鏡でもあると思います。
今回お話しするのは、私が特養で出会った歌が大好きなBさんとのエピソードです。
Bさんの歌声を通して、“その人の心を聴く”ことの大切さを学びました。
Bさんについて
私が特別養護老人ホームで介護職員として働いていたときに出会ったのが、Bさんでした。
若年性アルツハイマー型認知症の女性です。
視力が弱く、周囲の様子はぼんやりとしか見えていませんでしたが、
その代わりに、耳と心で世界を感じ取る方でした。
Bさんは歌がとても好きで、“リンゴの唄”や“影を慕いて”など、懐かしい名曲をよく口ずさんでいました。その歌声は澄んでいて、聴く人の心に自然と届くような優しさがありました。
弱視のため日常生活の多くに介助が必要でしたが、歌っているときのBさんはとても生き生きとしており、まるで“音楽がその人を支えている”ように感じました。
Bさんは、こんな方…
- 若年性アルツハイマー型認知症
- 視力がかなり弱い
- 身体機能は良好
- 1日のほとんどを歌って過ごす
Bさんの歌に込められた心の声
Bさんは、その日の気分や体調によって歌い方が変わる方でした。
優しい声で穏やかに歌っているときは、気分がよく笑顔も多い。
でも、眉間にしわを寄せ、声の調子が強く速くなるときは、何か不快なことや戸惑いを感じている様子でした。
Bさんの歌を聴いていると、「あ、今日は穏やかだな」「少し疲れているのかな」と、
その日の“心の天気”がなんとなく伝わってくるようでした。
まさに、歌がBさんの心のバロメーターだったのです。

歌い方に心の状態が出ていたんですね

そうなんだよ。
だからBさんの歌声を聴くことは、日々のコミュニケーションそのものだったんです
Bさんの歌からわかったこと…
- 気分や体調に応じて歌い方が変化する
- 言葉にできない思いを伝えるバロメーターとして機能している
フロアのざわめきと「うるさい!」の一言
ある日、Bさんがいつものようにフロアで過ごしていたときのことです。
その日は、他の利用者さんの話し声やテレビの音などが重なり合い、少し賑やかな雰囲気でした。
最初は穏やかに歌っていたBさんでしたが、しばらくすると耳をふさぎ、歌のテンポが速くなりました。
そして突然、「うるさい!」と強い口調で言われたのです。
その瞬間、私はハッとしました。
Bさんにとって“音”は世界を感じ取るための大切な情報源。
でも、その音が多すぎると、かえって混乱を招いてしまう――。
「うるさい」という言葉は、怒りではなく、心のSOSだったのだと思います。
環境音を少し落とすと、Bさんの歌声はまた穏やかに戻っていきました。
言葉よりも先に、“歌の変化”が心の状態を教えてくれた出来事でした。

“うるさい”って怒ってるわけじゃなかったのね

おそらく環境音が多すぎて、情報が整理できなくなっていたんじゃないかな

Bさんにとって音は、目の代わり
だからこそ、音のバランスが崩れると苦しかったのね
Bさんが発した強い言葉の意味は…
- 賑やかすぎる環境音はストレスだった
- 「うるさい!」という強い言葉は、怒りよりも情報過多による混乱や助けを求めるための心の叫び声
歌で伝わった身体のサイン
別の日、Bさんがいつもと違う調子で歌っていることに気づきました。
眉間にしわを寄せ、少し力なく歌いながら、前かがみになってお腹を押さえるような仕草をしていたのです。
私は「おなか痛いですか?」と声をかけました。
するとBさんは歌をやめ、小さな声で「トイレに行きたい」と。
トイレにお連れすると、すっきりされたようで、戻ってからはいつもの優しい歌声に戻りました。
この出来事を通して私は、
Bさんにとって歌は“趣味”ではなく、心と身体の状態を伝えることばなのだと感じました。
“声にならない思い”を、歌が代わりに語ってくれていたのだと思います。

会話や言葉で意思や感情を伝えることができないBさんの、
言葉に変わる言語表現方法なのかもしれないわね

今日も歌っているな〜って、感じてるだけじゃダメですね

そう。Bさんの歌は、そのときの思いを私たちに伝える“もうひとつの会話”でした
まとめ
Bさんとの関わりから学んだこと
- 言葉にできない思いを伝えるバロメーターやサインとして機能していた
- 非言語的サインの観察と対応の重要性
Bさんは弱視で、周囲の様子を“音”で感じ取っていました。
だからこそ音に敏感で、環境音が多いと混乱してしまうこともありました。
Bさんはその時の感情や戸惑いを、歌という形で表現していたのだと思います。
穏やかに歌うときは安心している。
強い調子のときは心がざわついている。
Bさんにとって歌は、言葉の代わりに“今の自分を伝える手段”でした。
この経験を通して私は、「歌を聴く」ことは「その人の心を聴く」ことでもあると感じました。
そして介護職員として大切なのは、「今どんな気持ちでいるのだろう」と想像しながら関わること。
それが、その人の尊厳を守り、寄り添うケアにつながっていくのだと思います。

Bさんの歌には、たくさんの思いが込められていたんですね。

そうなんです。Bさんの歌声は、今でも私の心に残っています。
次回予告
次回は“警察官だったCさん”のお話です。
口調がきつい方、声をあらげる方、すぐ不機嫌になったり怒る方。そういった利用者さんと関わることに苦手意識をもってしまうことって、ありませんか。
次回の記事を読むと、苦手意識が和らぎ、利用者さんと関わるときに気持ちが楽になるヒントがあるかもしれません

その人の“誇り”や“役割”を尊重するケアについてお話します
今日も最後までご覧いただきありがとうございました

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