「まるさん、どうしましょう?」
フロアでその言葉をかけられたとき、正直、私は一瞬どう返せばいいのか分かりませんでした。
目の前にいるのは、落ち着きなくフロアを歩き回り、その行動と発する言葉からイライラしている様子が見てとれました。他の利用者さんとトラブルになりそうな状況です。
コミュニケーションにおいて、利用者さんをなにひとつ否定していない。考えを巡らせても理由がわからず、これ以上どう関わればいいのか分からない。
認知症の方の対応で、何をやってもダメで八方塞がりなことってありますよね?
今回は、レビー小体型認知症のEさんの事例を通して、正解を探さないケアについて書いていきます。みなさんの日々のヒントになったら嬉しいです。

何か特別な対応をしたわけではありません。
ただ、Eさんの世界を否定せず、一緒にその世界を過ごした30分でした。
1.Eさんについて
Eさんは、レビー小体型認知症があり幻視や幻聴が日常的にみられる方でした。
Eさんの行動の特徴
- 床に何も落ちていないのに、何かを拾おうとする
- 落ち着かなくなり、立ち上がりや歩行が増える
- 送迎車から降りてもらえないこともある
- 訴えや行動の理由がうまく言葉にできない
現場ではEさんの対応に悩む場面が多く、結果、マンツーマンで対応することも少なくありませんでした。
当時の私は、現場の主任。
「現場を事故なく回すこと」と「目の前のEさんへの対応」。その両方を考えなければならない立場でした。
2.Eさんへのアプローチ
1.その日のEさんの様子
その日もEさんは、ソワソワと落ち着かない様子でフロアを歩き回っていました。
表情は真剣で、どこか焦っている。他の利用者さんが使用中の、トイレに入ろうとする行動もありました。
職員は声をかけ、行動を否定せず理由を聞こうとしますが、Eさんの主訴がわからない。
他の利用者さんへのサービス提供もあり、これ以上Eさんの対応ばかりしているわけにもいかず、お手上げの雰囲気です。

スタッフは行動を否定せず、
Eさんに寄り添おうとしているのに、どうして落ち着かないんでしょう…

相手のことを否定しないこと=分かり合えるという単純なことではないんだよね。
「否定しない」は、分かり合える関係になるため初めの一歩。
2.対応する人を変えてみる
そこで、今度は私が対応することにしました。
対応する職員が変わることで、Eさんが落ち着くことも期待しましたが、状況はかわりません。
何を求めているのか、どうしてそのような行動をとるのかわからない。
3.環境をかえてみる
私はEさんと一緒にフロアを歩きながら、にぎやかなホールから少し静かな別室へと移動しました。
別室へと環境を変えたせいか、Eさんがぽつりと話しました。

今日は特売日なんだ
特売日…?トクバイビ…?
その言葉で、Eさんが以前スーパーの店長をしていたことを思い出しました。
「今日は仕事じゃないですよ」「ここはデイサービスですよ」と声かけして、現実に戻すこともできたかもしれません。ですが、Eさんの真剣な様子を前にして、それを言う気にはなれませんでした。
そこで、私はEさんの世界に寄り添うことにしたのです。

そうなんですね!今日は特売日なんですね、店長!

おう、そうだよ!早く準備しろぃ!!
4.Eさんの世界で、部下に徹する
私は腹をくくりました。

わかりました 店長!!
そこから、私はEさんの部下になりました。
Eさんは店長として、次々と指示を出します。

お客さん対応しろ。お待たせするな!

「ぃらっしゃい!」てしっかり声を出せ!

今日のおすすめはカツオだ。ちゃんと勧めろ

はい、店長!
ぃらっしゃいませ〜!今日は、カツオがお買い得ですよ〜!!
Eさんが威勢よく「いらっしゃい!!」と声を出せば、「いらっしゃいませー!!!」と、私も負けじと声を出す。
今思えば、かなりシュールな光景です。…あとで聞いた話ですが、その声は壁越しに事務所まで聞こえていて、事務所にいた職員は爆笑だったそうです。
でもその場にいた私は、必死でした。

うまくやろうとは思っていませんでした。
ただ、その世界を壊さないように、必死でした
5.やり切った結果、落ち着いた
30分ほど続けると、Eさんは次第に静かになっていきました。
大きな声を出し続けていたせいか、少し疲れたような表情でしたが、仕事をやり終えた後の達成感を感じているようにも見えました。
私はEさんをお席までお連れして、お茶をすすめました。その後のEさんは、ご自宅に送るまで穏やかに過ごされました。
3.援助を振り返る
あの30分は、はたして正解だったのか?
正直に言うと、「うまくいった」とは思っていません。その時は、なんとかしなくてはと、ただ必死でした。

Eさんにとって「特売」は、今まさに目の前で起きている出来事。
まるさんは、それを否定せず、その世界で共に過ごしたのね

落ち着かせることが目的だったら、もっとちがうアプローチもあるかもしれないけどね。
利用者さんの疾患に起因する幻視や幻聴を消すことはできません。
でも、私たち介護職員は、利用者さんの見ているであろうその世界で過ごす利用者さんを尊重して一緒に過ごすことができる。
あの30分が、Eさんにとってその人らしくいられた時間になっていたら、いいな…と思います。
4.まとめ
・利用者さんの世界で、役になりきって過ごすという関わり方もある
・たとえ、うまくいかなくても、必死に向き合った時間は無駄じゃない
・正解を探さなくてもいい場面がある

今日うまくいかなかった「関わり方」が、なぜか次はうまくいくこともある。
時間が味方になることもある。
他の人のやり方が参考になることもある。
認知症ケアは、答えがひとつではありません。常に、その利用者さんにとって良いケアを考えていく必要があります。

100点じゃなくても大丈夫だよ!
まずは、「可もなく不可もなく」というレベルからでOK!
レビー小体型認知症の方との関わりは、介助者側も不安や迷いの連続です。
『本当にこれでよかったのだろうか』と自問自答し、試行錯誤を繰り返す。実はそのプロセスの中にこそ、その方に寄り添うための大切なヒントが隠されています。

悩んで考えて行った自分のケアで、利用者さんにプラスの変化が表れる。これぞ介護の醍醐味ですね!
ところで、5回にわたる事例紹介どうでした?たくさんの利用者さんのこと思い出したよね?

振り返ってみると、どの瞬間もかけがえのない学びでした。
認知症ケアの答え探しは、これからも続きます。
その奥深さを楽しみながら、一緒に頑張っていきましょう!
最後までありがとうございました。


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